組織を動かす「人的資本」の新常識~ISO30414とHRレポート~
<記事掲載日:2021年5月12日>
コロナ禍で働き方が大きく変わり、オフィスや組織体制の見直し、社員教育や採用方法など、「従業員」を取り巻く環境に様々な変化が起きています。これらの変化や取り組みは、ESGの中では社会・ガバナンス領域に該当する重要情報ですが、2019年1月のISO30414の公開、2020年11月のアメリカ株式市場における人的資本の情報開示義務化の影響も受け、いま注目度が高まっています。
ISO30414とは国際標準化機構(International Organization for Standardization)が定めた人的資本の情報開示についてのガイドラインです。以下11項目で構成されています。
- コンプライアンス/倫理
- 生産性
- 人件費
- 採用、人事異動、売上高への影響
- 人材の多様性
- 個人のスキル向上
- リーダーシップ
- 成功に向けた計画
- 組織文化
- 労働力の有効活用
- 健康管理、安全管理
このような情報を開示することで社内外における図1のような効果が期待できます。

欧州・米国ではステークホルダー、特に投資家向けに人的資本の情報を開示する「Human Resource Report」を発表する動きが進んでいます。ISO30414の評価にも関わる人材育成を中心とした各取り組みをご紹介いたします。
世界中から注目を集めているのがドイツ銀行の「Human Resources Report 2020」です。ドイツ銀行はISO30414を取得した、世界的にも数少ない企業の一つです。
ドイツ銀行のHRレポートには、大きく4つの事柄が記載されています。それぞれ労働力の最適化、安全な銀行運営、従業員のメンタルケア、リーダー育成です。(※1)図2は労働力の最適化における取組の一例です。

単純なIoT導入による省力化に留まっていない点は学ぶべきポイントではないでしょうか。
その他、採用や雇用管理における取組も記載されています。
- コロナ対策のための採用のオンライン化、採用・入社手続きを電子化したことによるスムーズな採用活動
- LinkedIn等ソーシャルメディアの活用による新卒採用におけるエージェントコスト削減
メーカーでのHRレポートもご紹介します。Infineonは、ドイツと米国にて株式上場している半導体メーカーです。効率的なエネルギー管理やスマートモビリティの実現に寄与し、環境に配慮した取り組みを行っています。 2020年の取り組みはコロナの影響を大きく受ける中、レポート内では下記の取組に注力したことが記載されています。
- 組織文化:評価者×被評価者との密なコミュニケーション、文化・宗教・国籍等の観点から多様な人材を雇用
- 独自のキャリア開発システムを用いた人材育成、特にリーダー育成に注力
- コロナ禍でも生産性を維持できる社内インフラの整備
- 人事プロセスのデジタル化
まだまだ「Human Resources Report」を公開する企業は少ないですが、類似するレポートとして「Human Rights Report」を、UnilieverやANA等が発表しています。人的資本の情報開示の流れ以前より、様々な事業者が「人権問題」に係る取り組みをまとめ開示したもので、企業の生産性向上やデータ活用に重きを置いた「Human Resources Report」とは趣が異なります。
Unileverのレポートでは、全労働者への平等な就労環境や、ステークホルダー・サプライチェーンを巻き込んだ人権・環境デューデリジェンスの取り組みについて表記(※3)しています。(図3)

ANAではESG部門を立ち上げ、外国籍労働者の就労環境改善や機内食製造過程における強制労働の撤廃、人身売買における航空利用の防止について記載(※4)しています。(図4)

人的資本のマネジメントは、業種・職種、国家間においても多様なシステム・手法があり、これまでは国際基準を設けることが課題でした。今回のISO30414の発表によりこの課題に対する解決策が提示され、今後は世界各社において、人的資本を定量化し、生産効率を上げ、同時に社員のライフワークバランス、働き方を改善し、事業に応じた対応が求められてくるでしょう。
国内の株式市場においては、米国のような人的資本の情報開示義務化はまだ先かもしれませんが、ESG投資が普及する国際社会の中で生き抜くためには、こうした取り組みが必須となることが予想されます。
記事掲載日:2021年5月12日
※1 Deutsche Bank. Human Resources Report 2020. , (参照2021-5-15)
※2 Deutsche Bank. Human Resources Report 2020. 2021-3-12. , (参照2021-5-15)
※3 Uniliever. Human Rights Report 2020. 2020-12. ,(2021-05-12)
※4 ANA. Human Rights Report 2020. 2020-12. ,(2021-05-12)