2004.10.27wed 開催レポート


私の「セルフプロデュース」論
環境ジャーナリスト、Japan for Sustainability共同代表、有限会社イーズ代表
えだひろ じゅんこ
  枝廣淳子
 
       
― 目次 ―
1.アメリカに行くまで
2.がんばりどころ、という認識
3.通訳という仕事
4.レスターブラウンとの出会い
5.情報の発信元になる
6.JFSというNGO
7.イーズという会社

8.チェンジエージェントを育てる
9.四方よしの製品
10.何になるかではなく、何をやるか
11.本当にやりたいこと
12.全力を尽くすこと、全力以上をつくすこと
13.人の縁、感謝の気持ち

14.変わるということ、ビジョンを持つということ
15.ビジョニングの方法
16.ビジョンは極力、具体的に
17.ビジョンが私たちを動かす
18.ビジョンを実現するためのマネジメント

19.手段と目的を分ける
20.時間の使い方
21.急がないけど大事なこと
22.天職の公式
 
1.アメリカに行くまで

今日は、セルフプロデュースということでお話しするのですが、まず私自身が、どういう形で働いてきたか、といったことからお話しします。私は現在、通訳、翻訳、環境ジャーナリストという形で仕事をしています。大学の頃は英語が得意だったわけではなく、環境の仕事を自分がやるようになるとはまったく思っていませんでした。いま、大学生に就職に関する相談を受けたときには、いまあなたが知っているものは、きっとホントに狭いものです。それ以外に知らないことがたくさんあるはずですし、これから社会に出た時に出現する新しい職種もあるはずです。いま知っていることだけで、いまの範囲内で決めるのではなく、いまの自分にとって、何が大事か、何に興味があるか、といったことを大事にした方がいいんじゃない? とお話ししています。それはまったく自分の経験からで、大学の頃に「環境ジャーナリスト」なんていう職種があるとは思っていませんでしたしね。

大学の頃は、教育学部で教育心理学をやっていました、カウンセリングの勉強をしていたんですね。カウンセラーになることを考えていたのですが、結局カウンセラーにはならずに就職しました。いまの就職状況はわからないのですが、私が大学院の頃は、だいたい6月くらいまでで就職が決まっていました。私が就職しようと決めたのが8月になっていました。就職活動から完全に取り残された状態です。たくさん書類を出したのですが、かなり落とされました。断られたときに自分がどういう気持ちになるか、その時に知りました。私は大学院在学中に結婚したので、就職したときには結婚していました。なんとか採用してくれた出版社勤務を5年続けました。それから出産。出産のときに休職したのですが、家でできる仕事をもらって、育児をしながら仕事は続けていました。

2.がんばりどころ、という認識

1991年、夫が2年間アメリカに留学ということが決まって、私も付いていくことにしました。2年後には帰ってくるということで、2年間アメリカで過ごすということがわかっていました。そのとき、この2年間をどうしようかな、と思いました。2年後に、前の会社に戻ることはオプションとしては考えられなかったんですね。すごく楽しくていい会社だったのですが、そこにずっといるとか、そこから展開していく、という発想はなかったんです。とはいえ、その時の私には、何も売れるスキルがなかった。手に職がない。帰ってきたときに、なにか自分の道を開いてくれるようなものを身につけようと思ったわけです。この2年間の過ごし方が、たぶん帰ってからの残りの自分の人生を決めるだろうな、というような予感がありました。結局通訳になろうと思って、英語を勉強したのですが、そういう覚悟があったから、勉強がんばれたんだろうな、と思っています。

どんな人の人生にも、人生のがんばりどころがあると思うんですね。私はいろいろな方のご相談を受けていてわかるのですが、どんな人の人生にも複数回の「がんばりどころ」が来ます。このがんばりどころへの対応の仕方には、大きく分けて3つあります。ひとつめは、がんばりどころが自分に来ているのがわからないで、過ぎていってしまうというパターンです。2番目が、最も多いのですが、がんばりどころが来ているのがわかっている、だけど、がんばりきれない。ここでがんばることが自分の人生を変えるかもしれないということをうすうすわかっている、だけど、がんばりきれないんですね。そのことがフラストレーションになるタイプ。3番目ががんばりどころが来ているときにがんばりきれる。これは、年齢には関係なく来ます。必ず人生に何回か来ます。

当時そう考えていたわけではなかったのですが、ここでがんばることが自分の人生にとって大切なのだろうという予感のようなものはありました。そこでがんばれたおかげで、行く前は英語が苦手だったんですが、通訳として働けるようになる英語力を手に入れることができました。いまでも大学の友人などは、私が通訳をやっているというと、びっくりする人が多いんですね。私の大学時代には英語の授業は代返で済ますような生徒でしたから。

3.通訳という仕事

アメリカでの2年間は、1日8時間から12時間英語の勉強に費やしました。日本に帰ってきたのが92年で、93年から通訳の仕事を始めました。通訳、翻訳の仕事は面白い仕事だな、と思います。日本にない考え方にいち早く接することができますし、いろいろな世の中の仕組みにも接することができます。ただ、英語としてわかるだけではダメで、それを日本語に移し替える時点で、もっとよく知る必要がありますから、自分の見識も磨かれていく。ただ、通訳というのはは基本的に日雇い労働で、たくさんのスタッフを抱える事務所が企業などから仕事を受けて、スケジュールが空いている人を送り込むわけです。スタッフとしては、昨日は製薬、今日は半導体の仕事、明日は人権問題といった具合に転々とする。そのたびに、その業界の専門用語を一夜漬けで頭に入れるわけです。それはそれで楽しかったですね。でも、例えばコンピュータの専門家同士の会話では、こちらは勉強していきますから、専門用語を言葉としては翻訳することができる、それで話は進んでいきますから通訳はできている。ただ、その中身に関してはまったくわからない、私の中に残らないわけです。それはそれで、通訳者としては仕事はできる。でも、よくわからないことをやっているということに耐えられなくなる。何か、自分で通訳していてわかるもの、自分の中で情報を蓄積できるものをやりたい、と思うようになりました。ということで、私は環境のことを選びました。

4.レスターブラウンとの出会い
環境に入ったきっかけは、レスター・ブラウンとの出会いです。彼は1974年にワールドウォッチ研究所という環境のシンクタンクを作って活動していたのですが、私は彼が出していた地球白書というのを時々読んでいたんですね。で、自分の軸足を決めて仕事がしたいと思ったときに、私は環境に関心があるし、白書を読んでいたという単純な動機で、レスター・ブラウンに手紙を書いたんですね。私は駆け出しの通訳で時間にも余裕があるし、環境に関心があるので、何かお手伝いできることはありませんか? というものでした。それが縁になって、レスター・ブラウンが来るときには私が通訳を務めさせてもらったり、レスターが出した本を何度か本やっくさせてもらったりしました。そのレスターを通じて、環境のことをいろいろ勉強するようになりました。
というわけで、環境の分野に軸足を動かしていきたいと思ったわけですが、相変わらずその他の通訳もやっていたんですね。でも私は環境がやりたい、と通訳の会社の人たちにさりげなくアピールしながら、少しずつ軸足を動かしていきました。蓄積ができてくると、通訳で聞く話であるとか、翻訳をしていても、いろいろな現象がつながってくるんですね。そうすると、あー、こういうことだったのか、とさまざまなことが自分の中でつながってくる。そうすると単に通訳するのではなくて、自分でもお話をする、書く、ということで、講演とか執筆のお仕事をするようになりました。
5.情報の発信元になる

私にとっての、次の転機になったのは、メールニュースを発行し始めたことです。通訳で聞いた話、翻訳で知った話、こんなにいい話があるんだ、と知ったときに自分だけで聞いているのはもったいない、みんなにも知って欲しいということで、99年に環境メールニュースを始めたんですね。最初は知り合いに情報を提供していたのですが、いまは7000人以上の人に情報を提供しています。

もうひとつの転機が、『朝二時起きで何でもできる』という本を書いたことです。ここから、環境の分野だけではなくて、生き方であるとか、自分の時間の使い方であるとか、どうやって自分のやりたいことを見つけて、なりたい自分になるか、ということをお話しするようになりました。

6.JFSというNGO

2年前に、多田博之氏と、日本のいろいろな環境の情報を発信するためにジャパンフォーサスティナビリティというNGOを作りました。さらに、今年の4月にイーズという会社を作りました。

それまでは、私はフリーランスで個人としてやってきたんですね。アメリカに行く前までの5年ほどは私は会社の一員としてやってきました。その両方の体験で、会社の中での仕事の仕方、会社の中でこそできる仕事、逆に会社の中ではやりにくいことというのを、私なりに経験を通じて感じてきました。その中で、私はフリーでやると決めたんですね。先ほどの岡本さんのお話の中で、7秒ルールということが出てきましたが、組織の中で7秒でものごとを決める立場にいるということはすごく大変なことだと思います。それだけ、みんなに信頼されているということですよね。私は組織の中でそれをする自身がなかった。他の人がどう思うか、といったようなことではなくて、自分のために仕事をすることを選んだ。やりたいことだけできるように、そういう立場に自分を置こうと、ある時に非常に意識しました。そのためには、経済的に自立しないと難しい。通訳、翻訳として自立できるスキルを身につける必要があったわけです。環境の講演やパネルディスカッションに呼んでもらえるような、お客様のニーズにあったお話ができるように、自分をコーディネートする力を手に入れるように努力しました。自分で自分のたずなを握れるように、自分のやりたいことだけできるように、どうしたらいいか、経済的な自立を図れるように、フリーランスでできるスキルを身につけてきました。

というわけで、個人でできることはたくさんあるのですが、組織やチームでしかできない仕事もたくさんあります。私の環境の友達も、組織の中で、組織の中から変えようとしている人がたくさんいます。私のように外に出てしまうとゲリラ的にやるしかないんですが、組織の中だからこそできることもある。そういう思いが強まって、NGOを作ったり、会社を作ったりしたわけです。

NGOのJFSの方は、現在300人のボランティアが参加しています。それぞれのボランティアの人たちが、それぞれ自分たちのできること、やりたいことを分担して、有機的につながることでJFSの活動を支えてくれています。NGOだからこそできることはたくさんあります。ただ、それをやっている中でもっと経済の中で活動したいな、ということも考えるようになり、昨年自分の会社を作りました。できたばかりの小さな有限会社なのですが、これは、自分の会社ですから、どういう活動するか、どうやって利益をあげていくのか、どうやってその利益を還元していくのか? 自分ですべて決められるわけです、そういった仕組みを作りたいと思って始めたのがイーズという会社です。

7.イーズという会社

今日は働き方ということですので、個人としてやってきたこと、NGOとしてやってきたことを紹介したわけですが、次にイーズのお話をしたいと思います。イーズ(e's)というのは、eの複数形です。eがたくさんあるということです。まず、イングリッシュ。英語の勉強の仕方とか、通訳の道場などを行っています。さらに、エコロジーのe。エンパワーメント(自己啓発)のe。他の人に言われたからやるということではなく、自分に力を取り戻す、自分で責任を取りながらやっていく。

それらのeを組み合わせながら活動を行っています。例えば英語の勉強をするときに、環境を題材に使う。あるいは英語の勉強を通じて自分のマネジメントのしかたを学んでいくコースもあります。そういうような形でスクールを行っています

8.チェンジエージェントを育てる

私の活動のベースにあるのは、このままではいけないという認識です。企業側ではCSRを行っている。企業が環境にいいことをやっている。企業が環境にいい製品を作っている。でも、一般の消費者がそれがわからなかったり、拡がらなければ何にもならない。私がやりたいのは、このままじゃダメだ、なんとか変えたいと思ったときに変えられる人、変化の担い手、チェンジエージェントを育てることなんです。

自分の生き方を変えたい、生き方を変えたい、仕事を変えたい、社会を変えたい、環境問題をなんとかしたい。そういう思いを抱いた人たちが、どういうふうに考えたら変えていけるか、どうやって始めたらいいか、どうやったら始めたことを続けられるか? そこのところをお手伝いできれば、と考えています。環境問題を解決するには社会を変えて行かなくてはいけない。そのためには経済のあり方も変えていかなくてはならない。そのまえに、自分の生き方、自分の生活を変えていきたい、と思ったときに変えられる力が身に付けば、おのずと社会も変わっていく、と考えています。そうすることで、社会的なうねりを起こしていきたいと考えています。

いま、セルフマネジメントコースをやっているのですが、最初にビジョンを明確に意識し、そのビジョンに向かってどういう風に自分を動かし続けるかといったことを6か月間勉強していくコースを行っています。それから、非常に現場に即した形で厳しいので、道場という言葉を使っていますが、翻訳道場、通訳道場をやっています。

9.四方よしの製品

イーズのもうひとつの目的は、ショップを持つということです。ジャーナリストとして、発言するだけでなく、自分でも何か世の中を変える力になれないかなと考えた結果です。日本の森が危機に瀕している、それを救うためには日本の森からの生産物を使うのがいい、日本の森林資源を有効活用しようということを環境ジャーナリストとして語るだけではなく、日本の森林資源からみんなが使いたいようなものを作って、使ってもらおう。イーズのショップはできたばかりで、まだ扱っているものは少ないのですが、三方よしならぬ、四方よしというのを目指してやっています。

使う人が喜ぶ、作る人が喜ぶ、地球が喜ぶ、そしてもうひとつ、イーズが最も大切にしているのが、つながりを作る、つながりを感じる、ということです。そういったことに役立つものを置いていく、というよりもそういったことに役立つものしか置かない。そういう商品を置いています。一番最初の商品がマウスパッドです。これは岐阜のヒノキの間伐材を使っています。間伐ができずに、山が荒れています。間伐したとしても、それを運ぶことができないという状態です。切って捨てると、そのままですとCO2に戻ってしまいます。そうすると、温暖化につながるわけです。その間伐材をなんとかしたいと思っていらっしゃる熱い想いの方がいて、その方と協働して、間伐材を薄くそいだ木の削片を有害な化学物質を使わずにくっつけて固めた「エスウッド」ボードでマウスパッドを作っています。燃やしてもダイオキシンは出ませんし、欧州規格の「玩具の安全」をクリアしていますから、赤ちゃんがなめちゃってもだいじょうぶです。マウスパッドというのは普通ただでもらえるか、買ったとしても数百円だと思うんですね。でも、このマウスパッドは1000円します。間伐材を運び出す費用であるとか、業者さんに正当な費用を払っているので、この価格になってしまう。このマウスパットを100人の人が使ってくれると、直径15cm、長さ3mの間伐材を有効利用することができます。私は、このマウスパッドを実際に使っているのですが、汗ばんでもべたべたしないんですね。プラスチックやビニールと違って、すごく気持ちいいし、木というのは湿度を調整するので、夏は冷たく、冬はあったたかく感じる。色もすこしずつ飴色に変わってきて、使い込む感じがいいんですね。これは、現在200枚くらい売れています。

もうひとつは、「やさしい積み木」という積み木です。これは吉野のヒノキなんですが、端材といって、通常なら捨ててしまうところを、地元の障害者の人たちと組んで、積み木として売っています。これを買うことで、端材を活用することもできるし、障害者の仕事も確保することができる。環境と福祉が重なっている商品です。その作業の中で、重度の障害の方は、ときどき積み木が丸くなるまで削ってしまうんです。そうすると、積み木としては使えない。でも、それも大事にしたということで、湯船に浮かべることでその香りを味わってもらう「つみきっこ」という入浴グッズとして販売しています。

もうひとつ、イーズの森基金というのを作っています。売り上げの3%をイーズの森基金としてストックしています。現在は3900円程度ということで、何も買えないのですが、いずれはこの基金で森を買って、そこで生産された木材で製品を作りたいと考えています。夢だけは大きく、ということで。

10.何になるかではなく、何をやるか

私が、いまやっているのは、伝えることとつなげることだと思っています。英語と日本語の間だったら、通訳、翻訳という仕事ですし、日本語と日本語の間であれば講演とか執筆です。また、森林と都市の人々であればイーズの商品だと思います。自分がこういうことやりたいというのがあれば、それがどういった形でもいいわけですね。

自分にあった仕事は何だろうと思っていらっしゃる人がいたら、どこかの会社に就職する、あるいは、プログラマーであるとかSEとか、何かの職業に就くというのでもなく、本当に自分が何をやりたいのかを考えてみて欲しいんです。特定の会社に入ったり、SEになるのが目的じゃないわけです。会社に入ったり、SEをやることで達成できることが目的のはずなんです。ですから、名刺にどんな肩書きを入れるかは、問題ではなくて、何をやるのかが問題だと思います。

会社を変わらなくても、仕事を変えなくても、同じ企業の中で自分で初めてもいい。環境の仕事をしたいという人がいる。その人のイメージでは、環境部で仕事をするということなんです。でもそうではない、どこにいても、環境をよくすることができる。例えば総務部でも、物品を購入する、どういうボールペンを買うか、どういうマーカーを買うかを選択する。立派な環境の仕事です。環境部に入らなければ環境の仕事はできない、ということではないんですね。

11.本当にやりたいこと

それから、よく自分のやりたいことがわからない、という人がいます。そういう風に相談に来るということは、何か今のままではハッピーではないんですね。何か違うんじゃないかな、という思いなんです。「枝廣さんは、すぐに同時通訳という夢が見つかって良かったですね、すぐにそれに向かえば良かったんですものね」といわれることもあります。でも、本当にやりたいことなんて、一生わからない、と思うんですね。いまはこっちの方かな、と思って進んでいく、そのプロセスが人生ではないかと思います。最初から、何丁目の何番地を目指しているわけではない。

それでも、大学生がこれからどうしたらいい? と質問を受けたときに、応えるのが2つの方法なんですね。彫刻型と粘土型といっているのですが、彫刻型というのは、自分のできる仕事、オプションの中から、これは違うな、というものを削っていくんですね。それで残ったものが、どうやら自分のしたいことではないか、とわかってくる。もうひとつの粘土型は、自分の中でこれまで何をしていて一番楽しかったか、小学校の時には何になりたかったか、自分の中のやりたいもの、やりたかったもの、それをふくらましていって、肉付けしていく。別にどちらか一方しかないわけではなく、その時によって、使い分ければいい。

もうひとつ「この人は人生の評論家だな」と思う人がいます。すごくまじめで、自分の生き方や、どうしてあまり幸せではないのかといったことを、非常に冷静に、語る。世の中の情報なども知っている。ただ、一歩も行動を起こさない。私は、みんながみんな行動を起こさなくてはならないと考えているわけではないので、その人のペースで考えて、行動を起こせばいいと思っています。でも、評論する、分析はする、でも全然行動は起こさないんですね。自分で行動を起こさない、ということを選んでいるのならいいのですが、ただ、恐怖心とか、自信のなさで行動を起こさない。そういうひとには、ちょっと考えて欲しいんですね。死ぬまで評論家を続けるつもりですか? と。

いまの時点で完璧になりたい自分をイメージできる人はいないと思います。その姿が見えてからスタートしようと思ったら、多分一生スタートできない。まず、進んでみて、それが違っていたら方向を変えてもいいし、また戻ってから初めてもいい、それが人生だと思うし、その中で何かを見つけられるはずだと思います。人生に何ひとつ無駄なものはない、って自分に言わせるためには、やはり努力しなくてはならないわけですね。

12.全力を尽くすこと、全力以上をつくすこと

いまやっていることを、これが本当かな? という思いがあるにせよ、全力を尽くすことは必要です。ただ、やっておしまいではなくて、必ずそこから何か持って帰ってくる必要がある。通訳道場をやっていても、そういう人がいるんです。その場では一所懸命やるんですが、そこでの失敗を活かさない人がいる。もったいないと思いますね。会社に入ってみる、あるプロジェクトに入ってみる、そこで全力を尽くすのは大事なんですが、その後に、何が腑に落ちたのか、腑に落ちなかったのか。足りないのはどこだったのか? それを自分で見分けなくては、がんばったことがまるで無駄になってしまう。何でも無駄にしない。必ず何かを持ち帰る。変な話ですが、最近肉離れで歩けない時期があったんです。その時も、非常に不便だったんですが、普段は経験できない体験をすることができた。いろんなものを持って帰ることができたと思っています。みんなかわいそうにといってくれたんですが、私は面白かったな、と思っています。

それから20%で、200%の原則ということがあります。人が求めていること、自分がここまでやればいいかなというところから、もうひとがんばりして、その20%オーバーでやってみる。そうすると、その満足度と、持って帰ってくるものは200%アップするという話です。毎回やっていると疲れちゃうんですが、ここぞというときに、20%アップでやってみると、入ってくるものが200%アップになります。

13.人の縁、感謝の気持ち

私は通訳専門から環境ジャーナリストになったわけですが、講演します、って自分からいったのではないんですね。たまたま、ある機会に10分だけど話をしてみませんか? といわれて話した。誘ってくれた人がいたんですね。そこで話を聞いていた人が、いい話してたから今度は30分で話してくれないか、と誘ってくれたんです。誘ってくれる人がいて、お話しする機会を与えてもらってありがとうございます、一生懸命やりますと、さしのべてくれた手をたどっているうちに、いまの自分にたどり着いたんですね。感謝の気持ちを忘れずに。目の前に差し出される手をたどっていった。それを、私は因幡の白ウサギ、といっているんですが、振り返ると遠くまで来たな、と思います。

2000年くらいから、日本だけではなく世界での活動が増えてきました。最初はワールドウォッチ研究所で世界のあちこちから人が集まる会議があるのですが、そこに出席して日本の情報を発表したのがきっかけです。その後、国際的な環境の研究者のネットワーク、バラトングループというのがあるのですが、この会議にほとんど日本で唯一出席して、発言を行っています。JFSを通じて、世界に情報発信すると世界からも情報が来るし、海外の人が日本に来たときに、やはり会いたがるわけですね。私たちの事務所に見えたり、そのことをまた世界にレポートしたり、活動は世界に拡がっているかなと思っています。

その中で、人の縁を大切にする、というのはすごく大事だなと思います。私が『朝二時起きで何でもできる』の本を出せたのも、私が最初に勤めた出版社の人が声をかけてくれたんですね。私が会社にいるころに入社してきた後輩です。私が女性としては数少ない先輩だったということがあったんですが、いろいろと面倒を見てあげた。私にはあまり面倒を見たという記憶はないのですが、その彼女にとって見ればいろいろと面倒を見てもらったということなんですね。その彼女が、出版のお話を持ってきてくれて、社内的にも推してくれた。今日やったことが明日帰ってくる、ということはありませんが、何年も前にやったことが、忘れた頃に帰ってくる。

恩返しという言葉がありますが、それに近い言葉で御送りという言葉があるんですね。何かいいことをしてもらってうれしいな、と思ったら、その恩を次の人に送るんですね。それがいつかは回り回って戻ってくる、いい言葉だなと思います。

14.変わるということ、ビジョンを持つということ

何かやりたい、あるいは、このままでは私は幸せではないな、と思ったとき。新しいスキルを身につけたいな、あるいは英語の勉強をしたいな、と思ったときに必要なことが2つあります。ひとつはビジョンです。すべてのことが想いとおりになるとしたら、どういう姿になっていたいですかという理想像です。日本ではビジョンを描くという練習を学校ではやっていません。私が大学に行ってお話をするときに、日本のビジョンを描いてください、日本が持続可能な社会になったときに、どんな姿でしょうか? とたずねますと、すごくみんな苦労します。

いま、どういうものが問題なのか? それに対して、どういうことをやっていけばいいのか? そればかり考える。それが身に付いている。いま、神様だとして、会社なら社長だとして、何の妨げがないとしたら、どうしたいですか? というビジョンはなかなか出てこない。でも、これもいくつかのポイントを押さえて練習すれば、すぐにできるようになります。そういう練習に参加した学生が、ビジョンを描くって水泳みたいなものですね、っていうんですね。人によってすぐに覚えられる人、なかなか覚えられない人、センスの違いでみんな違うけど、練習すれば最後はみんなできるようになる、ということなんです。

15.ビジョニングの方法

多国籍企業が日本に支社を作って研修をする。管理者研修には必ずビジョニングというプログラムがあります。ビジョンを描く練習です。これからその支社の幹部になる人が会社のビジョンを描くことができなけえれば困るわけです。いまのことだけやっているマネージャーじゃないわけですから。

ビジョニングというのは、時々練習するだけでいいんです。学生だったら、学期に入る日。プロジェクトだったらプロジェクトに入る日。そして、将来のある日を定めます。学期が終わるとき、プロジェクトが終わるときのことを、想像するんですね。もっとレンジを長くして45歳になった私でもいいですし、息子が小学校を出てすこし余裕のできた私でもいいです。その日にはスタッフとの打ち上げがあり、マスコミの取材があると想定するんです。このプロジェクトはどんなプロジェクトでしたか? マスコミにマイクを向けられる、その時に自分はなんていいたいかを考える。想像する。イメージする。学生は取材されるということはないと思いますので、日記にこの学期はこういう学期だった、というふうに日記にどういう風に書きたいかをイメージする。

16.ビジョンは極力、具体的に

他の人にいう必要はありません。自分だけで想像力を働かせるんです。誰かにいおうと思うと、すごくせせこましい、現実的なものになる。私も2年間で同時通訳になるというよううな話は、恥ずかしかったから誰にもいいませんでした。そんなことは不可能だろうって、他の人はいうかもしれないけど、そんなことは構いません。これがビジョンを描く練習です。できるだけ具体的に、細部を生き生きと描く。

トラックの運転手さんと話したことがあります。トラックを運転している人は独立して1台で仕事をする人が多いのですが、独立して自分の会社にしたいと考えている人がいました。もっと具体的に教えてください、と聞くんですね。どういう仕事をしていますか? 何を運んでいますか? どういうお客さんと仕事していますか? 何を食べていますか?

ビジョンに向かって進むことは、苦労を伴います。予期しないアクシデントもあるでしょう。進んでいくうちに、やっぱりダメかな、やめようかなという局面は必ず現れます。その時に、なりたい自分が煌々と輝いていれば、やっぱりそこに行きたい、強い気持ちが戻ってきます。自分を招き寄せるような力をビジョンに持たせていくんです。

私は通訳の勉強をしているときに、あまりお金がなかったんですね。アメリカから帰ってきてからすぐに通訳になったわけではなくて、日本で学校に通っていたんですね。その時に流行っていた雨の日グッズというのがあって、靴のカバーがあったんですね。最近は、あまり使っている人は見ませんが、その時の私にはそれがものすごくかっこよく見えて、うらやましかったんですね。それを持っていれば、ハイヒールを履いていても、雨が降ってくればそれでカバーすればいいし、お客さんのビルには行ったらそれを脱いでいけばいい。そうやって仕事をするというのが私のひとつのイメージになっていたんです。欲しくて欲しくて、東急ハンズに見に行ったんですが、1200円したんですね。私は、その時1200円払えなかったんです。それであきらめた。通訳として仕事をするようになったら絶対にあれを持つんだ、と思い続けていたんです。他の人にはどうでもいいようなことですが、明確なビジョンだったんです。私は、そのビジョンに助けられました。

もうひとつ。学校に通うために青山一丁目の駅を使っていたんですけど、いつか通訳として仕事に行くために青山一丁目の駅を使うんだ、この駅で降りるんだ、といつも思っていました。それが実現して、実際にカナダ大使館の仕事をしたときにはすごくうれしかったですね、青山一丁目の駅を降りてカナダ大使館に向かう時の喜びはいまでもわすれません。そういう小さいことでもいいんです。

17.ビジョンが私たちを動かす

それから、私は究極のビジョニングといっているんですけど、人生最後の日をどう迎えたいか? 私は死ぬときにいい一生だったな、いい人生だったな、と思って死にたいと思います。死ぬときにそういう風にいえるためには、いま何をしたらいいか、ということが自然に決まってきます。もちろん、自分が死ぬときのことなんか考えたくないっていうひとも多いので、すべての人にはお勧めしませんが。5年後、10年後、退職したら、死ぬとき、人から頼まれた仕事だけをやっていて、最後は自分は満足なのだろうか?

日本を50年後にこういう国にしたい、というのを政治家の口から聞いたことがあるでしょうか? 私は、ありません。ところが、中国とかスウェーデンの政治家はいうんですね。私は、50年後の中国をこういう国にしたいと思っている。だからいまこういう施策をとっている。日本の政府の方は残念ながらそういうことはいわない。われわれはいま、こういう事態に直面している、それを解決するためにこういうことをするんだ、それを乗り越えるためにの連続なんです。それを乗り越え乗り越えしている間に、私たちをどこに連れていってくれるのか。

18.ビジョンを実現するためのマネジメント

ビジョニングと並んで必要なのがマネジメントシステムです。ビジョンを実現するには、1日2日がんばればいいというものではありません。資格を取るにも普通は1年、2年は必要ですし、生き方を変えるといったら、さらに何年もかかるものもあります。例えば、私は英語の資格を取ろうと思う。その資格を持っている人が活躍するのを見て、触発されるとか、何か熱い気持ちになるんですね。でも、熱い気持ちで走れるのは3日か4日です。熱い気持ちはそんなに続きません。熱い気持ちがさめても、持続する仕組みが必要なんです。熱い気持ちだけでやろうとすると、すぐに挫折します。また、挫折した、やっぱり私はだめなんだ、という循環になってしまいます。それは、あなたが悪いんじゃなくて、熱い気持ちだけに頼るのが悪いんです。熱い気持ちが起きて、そこに行きたかったら、熱い気持ちがなくなっても続く仕組みを持ちなさい、といっています。それを私はマネジメントシステムと呼んでいます。

自分の熱い気持ちを実現するために自分をマネジメントする。これは企業でも国でも同じです。
英語の勉強法でも、この勉強法がいいらしい、なんとか学校がいいらしいといって通いますね。でも、英会話学校は英語を勉強する場は与えてくれますが、マネジメントはしてくれません。そういうときに有効なのが、バックキャスティングという考え方です。

英語で交渉したいのか、字幕なしで映画が見たいのか? インターネットで英語のサイトを見たいのか、英語のできる自分が何をしているかによって勉強法は全然違います。それをはっきりさせていまの自分と比べてみる。その上で、足りないところを埋めていく。それがバックキャスティングという考え方です。バックキャスティングは英語で振り返る、という意味です。フォラキャスティングは前を見る、いまの現状からスタートする。バックキャスティングは、ゴールを作ってそこから振り返るんです。

マネジメントシステムはPDCAで回していきます。これは、企業ではおなじみの考え方になっていますね。目標を決めたら計画を立てて(plan)、やってみて(do)、思った通り進んでるかチェックして(check)、それに基づいてもう一回やってみる(action)という仕組みです。

思いつきで資格取ろう、というのではなくて、計画を立ててやってみて、2〜3か月やってみて、振り返って見る。どうだったかチェックをしてまたやる。私が2年間英語の勉強をしたときに、マネジメントシステムという言葉は知らなかったのですが、やはり同じようなことをしていました。2年間は短いようですが、駆け抜けるには長いんですね。私の性格からして、途中で投げ出すに決まっていると、自分でも思っていました。そこで、私は2年間を3か月ごとの8学期に分けました。1学期は何をやるという3か月の計画を立てるんですね。それを続けることで、2年間を乗り切ることができたわけです。期間が長ければ長いほど、自分で考えないと、熱い想いだけでは続けられないということです。

19.手段と目的を分ける

もうひとつ大事なのは手段と目的をごっちゃにしない、ということです。実は、こういう人がとても多いんですね。英語を勉強したい、英語がうまくなりたい、という目的に対して、英語の学校に行く、ラジオ講座を聴く、という手段があります。私たちが実際に行動するのは、目的ではなく手段なんですね。行動しているものだから、そればっかりに目が行ってしまうんです。その英会話学校が自分に合わないとか、ラジオ講座が合わない、ということがあると、あーだめだ、ということで目的まで否定してしまうんですね。そういう人がすごく多い。ですから目的と手段を分けてほしい。転職したい、というときも転職が目的ではないんですね。なにかをしたい、そのための手段としての転職がある。転職じゃないやり方でも、元々の目的は達成できるかもしれない。

目的と手段の見分け方はかんたんです。目的は取り替えがききません、手段は取り替えがくきということです。英語で交渉ができるようになりたい、という目的には取り替えるものはありませんが、その英語力を身につけるための手段は取り替えがききます。学校でも、ラジオ講座でも、なんでもいい。取り替え可能な札をたくさん持っていればいい。

さらに、英語ができるできないということと、自分の人格と結びつける人も多いんです。英語ができないのは、自分がダメなんじゃないか? 英語の勉強が続かない、自分がダメな人間だからじゃないか? でも、それはあなたに根性がないんじゃなくて、合っていない勉強法をやっているのかもしれない。例えば、洗濯機が調子悪くなっても、気合い入れろ、という人は少ないですね。どこが悪いのかを見て、その部分を取り除けばちゃんと動く。自分で見てわからなければ、修理に来てもらう。自分を責めるのではなく、どこがうまくいかないのかを冷静に見つめることが必要です。方法はたくさんあるということですね。

20.時間の使い方

もうひとつ、何かやりたいと思ったとき、やりたいことに使う時間をどう作るかということです。みなさん時間がない、時間がない、といいます。本当に時間がないのかな、と思うんですね。私が勧めているのは、1週間でいいから時間家計簿をつけてみなさい、というものです。昔はこのテレビ番組が好きだったから見ていたけど、いまはそれほど好きではないのに惰性で見ていたな、とか、ここって結構時間が使えるんじゃないか、それを記録する。そうすると、時間はある。時間はあれかこれか、です。あれをやっていたら、これはできない。何かやりたいことがあって、それに時間を使いたいと思ったら、何かをあきらめる必要があります。いまと同じように友達と飲みに行って、同じようにテレビを見て、それで資格を取ろうと思うのは無理です。本当にやりたいことがあったら、その気持ちよりも強くないものをあきらめる必要があります。

もうひとつは密度の濃い時間を持つということです。1日24時間、好きなことに使えるわけにはいきません。せいぜい30分か1時間です。だったら、その時間を密度の濃い時間にするためのトレーニングをする。効果的なのは締め切りを作ることです。本を読む際には30分でここまで読む。決めて読む。インターネットで情報検索するときにも5分で締め切る。英語の勉強も1チャプターを15分で必ずやる。これを繰り返すと、集中力が上がります。短い時間でも身に付く勉強ができるようになります。

21.急がないけど大事なこと

もうひとつは、「急がないけど大事なこと」というキーワードです。私たちの行動にはふたつの軸があります。横軸が、自分にとって大事なこと、大事ではないこと。縦軸は急ぎか急ぎじゃないかという軸。私たちはまず急ぎで大事なところをやります。この仕事が終わって、次にどこに行くかというと、自分にとって大事じゃないけど、急ぎの仕事に移ります。どういうことかというと、人から頼まれた仕事、他の人が命令した仕事です。これは、たくさんあります。だいたいここで時間が終わってしまいます。そうすると、大事だけど、急ぎじゃないこと、本当は自分がやりたいのことが後回しになってしまう。というよりも、忘れられていく。仕事ですぐに役立つものではないけれど前から読みたいと思っていた本を読む。前から連絡を取りたかった友人に手紙を書く。そういう時間をとることが非常に難しくなっています。

でもここを意識して取らないと、自分にとって重要だけど急がない仕事はできなくなってしまいます。一生を終わるときに後悔することになると思います。大切だけど急がないことは締め切りがないんですね。誰も決めてくれない。締め切りがないものはどんどん後回しになります。意識して時間を取らないとだめなんですね。そのために私がやっているのは、自分とのアポを取るということです。人との約束をするスケジュール帳に、書き込みます。人との約束は守ろうとしますね。それと一緒に、自分とのアポをいれるわけです。それを守る。守りやすい時間に取るのがいいです。私の守りやすい時間は朝なんで、他の人が起きる前に、自分のやりたいことを、直接急ぎではないことをやるようにしています。

22.天職の公式

天職というと、すごく大げさないいかたですが、私はこれをやるために生まれてきたんだ、と思えるような仕事ですね。それをやっているときは、時間があっという間に過ぎてしまいますし、それがお金になるとかならないとかは関係なくなる。自分が生き生きする仕事です。これをやるために自分は生まれてきた。そんな仕事ができれば、本当に幸せだと思います。では、それをどうやって見つけるか? ということですが、私の天職の見つけ方はすごくシンプルです。まず、自分が好きなこと、自分が得意なこと、自分にとって大事だと思えること。この3つの円が重なっている部分、この重なりにあるのが天職だと思います。

私は言葉が好きで、読書も好きで、日本語も好き。コミュニケーションがカウンセリングをやっていたせいか、得意らしいです。そのふたつをあわせると、通訳という仕事はあっている。言葉を使ってコミュニケーションをする仕事です。それだけでも、自分はすごくハッピーです。もうひとつ、自分にとって大切なこと、環境ということがあります。環境の分野で言葉を使って、コミュニケーションをする。これが最も腑に落ちる。

好きというのは、子どもの頃から好きなことでも、大人になってから好きになったことでもかまいません。得意、というのは苦労なしにやってしまうので、自分にとっては、何でこれが得意なのか、自分ではわからないこともあります。周りの人から聞いてみるのもいいかもしれません。大事というのは、それをやっているときには時間の切り売りをしているのではない、と思えることです。
これが最初から決まっている人は非常に少ない。なにかをやっているうちに見つかるかもしれないし、変わっていくこともあります。得意なことは身につけることもできます。

今回、自分がやってきたことを中心に大事だと思っていることお話ししました。ひとりひとり、自分の人生を、ありのままの自分でいられたらいいなと思います。いまの自分がちょっと違うな、腑に落ちないな、と思うのであれば、その自分を変えることができるということをわかって頂けたらと思っています。

 
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